内なる生命−霊的生活への導き−
聖母文庫(1995) ISBN:4882161281 339ページ
人間は、真の生命の充満に触れて、神との関わりのうちに、自己自身の本来の姿を発見できるようになる、と説く。……本書に収められた小論は、十年間にわたって書かれたものであり、一貫した計画に基づいて体系的に論述されたものではない。むしろ、そのつど新しい出発の試みであり、様々な観点からひとつの焦点を思いめぐらしたものだと言えよう。これらの断片のほとんどは、もともと、信仰生活を深めることを目的とする若い社会人たちの集いである「アガペ会」の会報「アガペ」の巻頭言として発表されたものである。
知解を求める信仰
出版社: ドン・ボスコ社 (2005/03) ISBN:488626364X
信仰を理解するにあたって、聖書の力強いことばと人生の意義への問いが一つになると、信仰が生活の原動力となる。本書は、人間の在り方を問い直すことから出発し、信仰において受け入れた真理を、理性によって解明し、より深い自己理解を呼び覚ます。日常の只中に第一根源である神を見出し、イエスと共にその身近な関わりのうちで生きる道標となるだろう。
「知解を求める信仰」とは、アウグスティヌス(354~430年)とトマス・アクィナス(1225~1274年)と並んで古代・中世西方教会の三大思想家の一人と呼ばれるカンタベリーのアンセルムス(1033/34~1109年)がモットーにしていたことばです。このモットーは、まず信仰によって受け入れた命題を出発点とし、この信じられた真理を聖書や伝統の権威によらずに「ただ理性のみによって」、「必然的根拠にもとづいて」証明しようとする、彼の神学の方法を表現しています。
本書では、このことばは信仰理解を求める努力という広い意味で使われます。
超越に貫かれた人間—宗教哲学の基礎づけ (長崎純心レクチャーズ (第6回))
単行本: 282ページ 出版社: 創文社 (2004/04) ISBN-10: 4423301180
人間は不可避的に問う存在である。自分自身の存在、根拠、意義を問うとともに世界の真理、意義、幸福をも探究する。人間の問いそのもののうちには、無制約的なもの、すなわち超越への開きが含まれているのである。知ることはなぜ可能か。人間はいったい何を経験するのか。この追究をとおして宗教性が人間の本質に深く根づいていることを確認し、人間と超越との関係を、超越に関わられ貫かれる人間という受動的観点から解明、さらに宗教的行為の基本構造へと考察を進め人間の存在と使命を浮き彫りにする。西洋中世哲学研究者として知られる著者が、長年の研究と思索の間に親しんだ哲学者、神学者、神秘思想家との対話にもとづき、磨かれた言語で宗教哲学の根本的考え方を明解にとく講演。第6回長崎純心レクチャーズとして02年に行った3日間の講演を再現。イエズス会神父であり卓越した哲学者であるリーゼンフーバー教授が、神学者、神秘思想家らとの対話を通じて導かれた「超越に貫かれた人間」の真実を語る。
本書では、このことばは信仰理解を求める努力という広い意味で使われます。
西洋古代・中世哲学史 (平凡社ライブラリー)
出版社: 平凡社 (2000/08) ISBN-10: 458276357X 393ページ
初期ギリシアから近代の幕明けまで曲折に富む西洋哲学二千年の歩みを主要思想家とその核心的教説を軸に一望する余人をもっては書きえない決定版通史。原典引用多数、文献表・索引完備。哲学的思惟それ自体の成立と発展を原典に即し「問題史」として跡づける、第一人者による通史。放送大学教育振興会より1991年に刊行されたものを改訂。
中世思想史 (平凡社ライブラリー)
出版社: 平凡社 (2003/12/11) ISBN-10: 4582764851
初期ギリシアから近代の幕明けまで曲折に富む西洋哲学二千年の歩みを主要思想家とその核心的教説を軸に一望する余人をもっては書きえない決定版通史。原典引用多数、文献表・索引完備。哲学的思惟それ自体の成立と発展を原典に即し「問題史」として跡づける、第一人者による通史。放送大学教育振興会より1991年に刊行されたものを改訂。
中世哲学の源流 (上智大学中世思想研究所中世研究叢書) K リーゼンフーバー (著), 村井 則夫, 矢玉 俊彦 (翻訳)
出版社: 創文社 (1995) 735ページ
中世哲学の源流 (上智大学中世思想研究所中世研究叢書) K リーゼンフーバー (著), 村井 則夫, 矢玉 俊彦 (翻訳)
出版社: 創文社 (1995) 735ページ
【目次】
序
第一章 中世哲学研究の現況
第Ⅰ部 教父時代における中世思想の基礎づけ
第二章 使用と観想――文化と宗教の関係についての教父思想の二類型
第三章 ボエティウスの伝統――プラトン主義とアリストテレス論理学の中世への継承
第四章 ラテン中世における教父神学の遺産
第Ⅱ部 言葉と知識
第五章 アウグスティヌスにおける言葉と思惟
第六章 サン=ヴィクトルのフーゴーにおける学問体系
第七章 ボーヴェのウィンケンティウスにおける教養理解
第八章 トマス・アクィナスにおける言葉
第Ⅲ部 自由と至福
第九章 中世思想における至福の概念
第十章 ボナヴェントゥラの自由論
第十一章 神の全能と人間の自由――オッカム理解の試み
第Ⅳ部 自然と存在
第十二章 被造物としての人間――教父時代および中世における創造論
第十三章 アウグスティヌスにおける自然理解
第十四章 トマス・アクィナスにおける自然理解
第十五章 トマス・アクィナスにおける存在理解の展開
第十六章 存在と思惟――存在理解の展開の可能性を探って
第十七章 トマス・アクィナスにおける神認識の構造
第十八章 知性論と神秘主義――十三・十四世紀スコラ学の問題設定
中世における自由と超越
K リーゼンフーバー (著) 酒井一郎, 高尾由子他 翻訳
出版社: 創文社 (1998) 611ページ
【目次】
序
第一部 自由とその世界
第一章 『神国論』におけるアウグスティヌスの歴史理解――歴史を形成する自由
第二章 自由と恩寵――初期スコラ学の自由理解
第三章 自由選択の本質と課題――トマス・アクィナスから近世初期にいたるまでの自由観
第四章 中世の自然観――自然観と自由論の対応関係
第五章 中世における技術の哲学的・神学的理解――自由の生産性
第六章 人間の尊厳とペルソナ概念の発展――自由の担い手
第二部 意志と善
第七章 中世における善の概念
第八章 中世における悪の概念
第九章 トマス・アクィナスにおける善と精神
第十章 トマス・アクィナスにおける善の認識
第十一章 トマス・アクィナスにおける愛の理論
第十二章 自由行為の多次元性
補遺 トマス・アクィナスの晩年の自由論
第三部 精神と超越
第十三章 経験と超越――アリストテレス・西田幾多郎・偽ディオニュシオスにおける経験の構造
第十四章 存在への精神の自己超越――カンタベリのアンセルムスの『プロスロギオン』第二章にそくして
第十五章 分有による精神の開き――トマス・アクィナスの精神論をめぐって
第十六章 分有と存在理解――トマス・アクィナスの形而上学において
第十七章 神認識の構造――トマス・アクィナスの神名論において
第十八章 神秘主義としての精神論――マイスター・エックハルトの思想の根本構造
第十九章 無知の知――クザーヌスの『隠れたる神についての対話』において
あとがき
中世における理性と霊性
(上智大学中世思想研究所中世研究叢書)
出版社: 知泉書館、670ページ

理性と霊性の創造性豊かな関係に焦点を当て、11世紀の初期スコラ学から15世紀のルネサンスに至る理性論の多様な形態を考察。形而上学と自然学、倫理学と政治思想への反映までも解明することを通して、理性と霊性の相互作用を中世思想の根源的な原動力として展開する。
序章 現代の中世観
第Ⅰ部 教父思想
第一章 ラテン教父の思考様式と系譜
第Ⅱ部 初期スコラ学
第二章 信仰と理性
第三章 初期スコラ学における「理性」の問題
第四章 12世紀における自然哲学と神学
第Ⅲ部 盛期スコラ学
第五章 人格の理性的自己形成
第六章 否定神学・類比・弁証法
第七章 アエギディウス・ロマヌスの社会・政治思想
第Ⅳ部 後期スコラ学
第八章 フライベルクのディートリヒの知性論
第九章 ジャン・ビュリダンの哲学における言語理論
第十章 中世の修道院霊性における自己認識の問題
第Ⅴ部 初期ルネサンス思想
第十一章 神認識における否定と直視
第十二章 マルシリオ・フィチーノのプラトン主義と教父思想
HOME
前のページへ